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偕楽園(かいらくえん)は、茨城県水戸市にある日本庭園であり、石川県金沢市の兼六園、岡山県岡山市の後楽園と並ぶ日本三名園の一つです。1842年(天保13年)に水戸藩第9代藩主徳川斉昭(烈公)によって、領民と「偕(とも)に楽しむ」場として開園されました。約13ヘクタールの本園と、周辺の千波湖、拡張部を含めた広大な「偕楽園公園」は、都市公園として世界第2位の面積を誇ります。本記事では、偕楽園の歴史、構造的な特徴である「陰と陽」の世界観、代表的な見どころ、そして毎年恒例の「水戸の梅まつり」について詳しく解説します。
偕楽園は、江戸時代後期の1842年に開園した大名庭園です。他の日本三名園(兼六園・後楽園)が主に藩主の私的庭園として造営されたのに対し、偕楽園は当初から「衆と偕に楽しむ」という斉昭の公的な理念に基づき、藩士のみならず庶民にも開放されていたという歴史的特徴を持ちます。
現在は国の史跡および名勝に指定されており、2015年には「近世日本の教育遺産群」の一部として日本遺産にも認定されました。園内には約100品種3,000本の梅が植えられており、日本屈指の梅の名所として知られるほか、ツツジ、ハギ、二季咲桜など、四季を通じて豊かな自然を楽しむことができます。
偕楽園は、徳川斉昭が推進した藩政改革の一環として、藩校「弘道館」と対をなす施設として構想されました。
この、弓の弦を張ったり緩めたりするように、人間の精神も休息と集中が必要であるという「一張一弛(いっちょういっし)」の教えが、偕楽園建設の根底にあります。
1873年(明治6年)には太政官布告により、日本初の公園の一つとして指定されました。1945年の水戸空襲により、園内の中心建築である「好文亭」などが焼失しましたが、1955年から3年をかけて忠実に復元されました。1999年には周辺の緑地と合わせて「偕楽園公園」として整備され、現在に至るまで水戸市の象徴として親しまれています。
偕楽園の設計には、徳川斉昭の深い思想が反映されています。特に注目すべきは、園内全体で表現された「陰と陽の世界観」です。
正門である「表門」から入ると、そこには深い緑に包まれた静寂な空間が広がります。
竹林を抜け、好文亭を通り過ぎると、視界が急激に開けます。
| 施設名 | 特徴・見どころ |
| 好文亭 | 徳川斉昭が自ら設計した木造2層3階の建築。詩歌の会や敬老会が行われた。3階「楽寿楼」からの眺望は絶景。 |
| 吐玉泉 | 大理石から湧き出す名水。周囲には樹齢約800年の巨木「太郎杉」がそびえ立つ。 |
| 好文亭表門 | 偕楽園の正門。黒塗りの重厚な門で、ここから入ることで「陰と陽」のストーリーを体感できる。 |
| 仙奕台(せんえきだい) | 囲碁や将棋を楽しめる石の盤が置かれた高台。千波湖を見渡す絶好の展望スポット。 |
毎年2月中旬から3月下旬にかけて開催される水戸の梅まつりは、120回以上の歴史を持つ一大イベントです。2026年度も2月11日から3月22日まで開催が予定されており、期間中はライトアップイベント「UME The Lights」なども行われます。
最も有名なのは2月下旬から3月中旬の梅の季節ですが、5月のツツジ、9月のハギ、11月の紅葉など、年間を通じて楽しめます。朝夕の光の加減が美しいため、早朝の入園もおすすめです。
JR水戸駅からバスで約20分です。梅まつり期間中はJR常磐線の臨時駅「偕楽園駅」が開設され、下り列車が停車します。車の場合は、周辺に複数の有料駐車場がありますが、梅まつり期間中は非常に混雑します。
はい、本園への入園には大人320円、小人160円が必要です(2026年現在)。茨城県民は土日祝日を除き無料となる制度などもありますが、詳細は公式サイトをご確認ください。
偕楽園は、単なる美しい庭園というだけでなく、徳川斉昭の教育思想や宇宙観が形となった歴史的遺産です。
一度の訪問でその魅力をすべて理解するのは難しく、季節や時間帯を変えて何度も訪れる価値のある場所と言えるでしょう。
「偕楽園」について、誤字脱字や情報の追加・修正など、改善のご提案をお待ちしています。
男の感性に火をつける、ライフスタイルWEBマガジン「GENTS-ジェンツ-」運営。
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