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二所ノ関部屋(にしょのせきべや、英: Nishonoseki Stable)は、日本相撲協会所属の伝統ある相撲部屋です。現在は第72代横綱・稀勢の里(二所ノ関寛)が師匠を務めており、茨城県稲敷郡阿見町に本拠を置いています。大相撲界でも屈指の名門系統である二所ノ関一門の総本山としての役割を担っており、科学的知見に基づいた最新のトレーニング法や、地域密着型の運営、そして横綱・大の里をはじめとする若手力士の躍進により、現代相撲における革新的な部屋として知られています。
二所ノ関部屋は、大相撲の歴史において極めて重要な位置を占める「二所ノ関」の名跡を継承する部屋です。「二所ノ関」の名は江戸時代から続く由緒あるもので、過去には数多くの横綱や大関を輩出してきました。
2026年現在、二所ノ関部屋は第72代横綱・稀勢の里が、自身の理想とする「心・技・体」を科学的に分析し、次世代の力士を育成する場として機能しています。2021年に荒磯部屋として独立した後、同年12月に名跡を継承し、現在の体制となりました。
本拠地を東京都内ではなく、師匠の出身地に近い茨城県阿見町に構えたことも大きな特徴です。約6,000平方メートルの広大な敷地には、相撲教習所以外では珍しい2面の土俵や最新鋭のトレーニングジムが完備されており、相撲界に「科学と伝統の融合」という新たな風を吹き込んでいます。
二所ノ関部屋の歴史は、18世紀後半(江戸時代)にまで遡ります。特に近代相撲において大きな影響を与えたのは、第32代横綱・玉錦(6代二所ノ関)の時代です。彼は現在の二所ノ関一門の基礎を築き、「相撲は稽古にあり」という信念のもと、多くの弟子を育て上げました。
その後、元大関・佐賀ノ花(8代二所ノ関)の時代には、横綱・大鵬や大関・大麒麟、琴櫻(後の横綱)など、戦後の相撲黄金時代を支える多くのスター力士を輩出しました。しかし、2013年には一度部屋が閉鎖されるなどの紆余曲折を経て、名跡は一時、元大関・若嶋津(日高六男)へと引き継がれました。
現在の二所ノ関部屋は、2019年に引退した第72代横綱・稀勢の里(当時・年寄荒磯)が、2021年8月に田子ノ浦部屋から独立して創設した「荒磯部屋」が前身となっています。同年12月に当時の二所ノ関親方(元若嶋津)と名跡を交換する形で、正式に「二所ノ関部屋」として再スタートを切りました。
2022年6月には、茨城県阿見町に完成した新施設への移転を完了。それまでの「相撲部屋は両国周辺にあるもの」という常識を覆し、地方を拠点とした新しい育成モデルを提示しました。
二所ノ関部屋の最大の特徴は、師匠である稀勢の里が早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で修めた修士課程の知見を、実際の稽古に取り入れている点にあります。
従来の相撲界では「伝統的な稽古」が絶対視されてきましたが、二所ノ関部屋ではこれに加えてスポーツバイオメカニクス(運動生理学)や栄養学に基づいた指導が行われています。
阿見町の部屋には、以下の充実した設備が整っています。
二所ノ関部屋は、非常に高い「関取昇進率」と、新弟子の成長スピードの速さで注目を集めています。
二所ノ関部屋は「開かれた部屋」を目指しており、拠点である茨城県阿見町との強い絆を築いています。
Q: 二所ノ関部屋の見学はできますか?
A: 基本的に朝稽古の見学が可能ですが、本場所中や地方巡業中、または社会情勢によって制限される場合があります。必ず事前に公式サイトで最新情報を確認し、マナーを守って見学してください。
Q: なぜ茨城県阿見町に部屋を建てたのですか?
A: 師匠・稀勢の里の出身地(牛久市近隣)であること、広大な敷地を確保して2面土俵や充実したジム設備を作る必要があったこと、そして「都心の喧騒を離れ、相撲に集中できる環境」を重視したためです。
Q: 新弟子になるための条件はありますか?
A: 日本相撲協会の規定に基づき、中学卒業以上23歳未満(一定の条件で25歳未満まで)の健康な男子が対象です。二所ノ関部屋では、随時入門相談を受け付けています。
二所ノ関部屋は、大相撲の伝統を重んじながらも、現代スポーツの科学的知見を柔軟に取り入れた次世代の相撲部屋です。
伝統を継承しつつ、絶えず進化を続ける二所ノ関部屋は、これからの大相撲界を牽引する最も重要な存在の一つと言えるでしょう。
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男の感性に火をつける、ライフスタイルWEBマガジン「GENTS-ジェンツ-」運営。
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